今、その最も賢い方法を取って、御行の松の下に、ぴったりと身をひそめているが、多少イマイマしいと癪《しゃく》にさわることがないでもない。
 こういう種類の人間には、幸先《さいさき》や、辻占《つじうら》というようなものを、存外細かく神経にかけることがあるもので、七兵衛はそれほどではないが、全く無頓着というわけでもありません。
 この屋敷へ、夜毎出入りすること幾度。それは正当に出て、正当に戻ったことは少ないにかかわらず、まだ今夜のように犬に吠《ほ》え出されたことがないのに、しかも今夜ほど大望をいだいて、この屋敷を出かけたことはない。
 どうやら、仕事先が気にかかる。
「いけねえ、いけねえ……」
 そこで、七兵衛が、何となく気を腐らせてしまいました。
 七兵衛の心に、悔恨といったようなものが湧くのは、今にはじまったことではない。
 七兵衛は、今度の仕事を終ったら、これで切上げ……と決心のような事をするのも、今にはじまったことではない。その心持につき纏《まと》われ、その心持で仕事にかかりながら、それをやり上げてしまうと、また新しい病が出ることを、自分ながら如何《いかん》ともし難い。
 しかし、今
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