こで一座は笑いながら、三十六年も大げさだが、これら女護の島の女人たちの多くが、性の悩みに堪《こら》えきれないでいることだけは明らかな事実で、その関を突破さえすれば、洪水のように流れ出して来るのだという。
 あるものはまた言う、
 大奥という池には、満々たる油が張りきっているのだ。こちらが行って堤をきれば、それは無論、一たまりもなく溢《あふ》れ出して来るのだが、そうするまでもなく、どうかすると、あちらから堪えきれずして堤を破って動いて来る。江島《えじま》生島《いくしま》の事になったり、延命院の騒ぎが持上ったり、或いは長持に入れて小姓を運んだり、医者坊主が誘惑されたりするのは、ホンの小さな穴をあけて表に現われただけの落ちこぼれで、張りきった油は、その中にどろどろとして、人の来って食指を動かすのを待っている。
 その時分、夜も大分ふけて、屋敷の外でしきりに犬がほえだしたものですから、一同が、申し合わせたようにピタリと密議をやめて、
「イヤに犬がほえるじゃないか」
 何かしらの不安におびえる心持。それを神尾主膳も暫く耳をすましていたが、
「心配することはない、使の者が戻ったのだろう」
という。
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