乗せて遊ぼうじゃないかと言い出しました。
「ああ、それがいいや、先に与八さんに石を積んで大勢して遊んだから、今度は与八さん一人を舟に乗せてやろう」
 忽《たちま》ちに気が揃って、与八ひとりが舟に乗せられ、素早く裸になった子供たちは、ざんぶざんぶと川へ飛び込んで、その舟を前から綱で引き、両舷《りょうげん》と後部から、エンヤエンヤと押し出して、多摩川の中流に浮べました。
 従来、与八は、馬鹿の標本として見られておりました。今日とてもその通り。ただ馬鹿は馬鹿だが、始末のいい馬鹿というにとどまるのが与八の身上であります。
 狡猾《こうかつ》なのは、この馬鹿の力を利用して、コキ使い、米の飯を食わせるといって、食わせないで済ますことが、子供の時分から多いのでありますが、与八は欺《あざむ》かれたとても、あんまり腹を立てないことは今日も変ることがありません。
 欺かるるものに罰なし。それをいいことにして、ばかにし、利用し、嘲弄《ちょうろう》している者が、暫くあって、なんだか変だと思いました。
 欺かるる者に平和があり、微笑があるのに、欺いた自分たちに幸いがない。与八を追抜いたつもりで、さて振返って見る
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