人は渡し場を渡ると、そこから、かけはじめられた燈籠《とうろう》が、おのずから地蔵堂の前へ人を導き、沿道には早くも縁日商人連が近在から出て来て、店を張ろうという景気です。
地蔵堂に参拝すると、また燈籠に導かれて、机の家の屋敷へ上るように仕組まれてあります。道場から母屋《おもや》は、娘たちと教え子たちの成績品でいっぱいで、それを、昨晩から夜どおしで、お松と、娘たちとが、漸《ようや》く陳列を終りました。
最初は、ほんのうちわのお祭のつもりでかかったのに、その規模と、景気が、予想外の人気になったのを、陳列を終ってホッと息をついたお松が、地蔵堂まで下りて行って見て、はじめて驚いたほどでありました。
しかし、この人気は悪くない。平和と、勤労とを愛する人たちが、ここに浩然《こうぜん》たる元気のやり場を求めて、思いきり楽しもうとする人気そのものに、少しも害悪のないのを認め、働く人たちの嬉々として晴れ渡った顔を見ると、お松はこのお祭の前途を祝福して、よい心持にならずにはおられません。
その日、東妙和尚が伴僧《ばんそう》を連れて来て、地蔵様の前で地蔵経を読んでくれました。特にその日は、和訓を読んで
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