が貴いものですよ』
『ですけれども神主様……この世には、悪いと知りつつ、それを楽しみたくなり、怖ろしいと思いながら、それを慕わしくなって行くような心持をどうしたものでしょう』
『それそれ、それが闇の物好きだ、すべての罪は物好きから始まる……お前さんにゃ今、おはらいをして上げる』
といって、神主様は大きな御幣《ごへい》を取って、わたしの頭上をはらって下さいました。
そうして、わたしはこの鐙小屋《あぶみごや》を出た時に、明暗二つの世界の中に、浮いたり沈んだりするような心持でありました。
その夜の夢に、あのイヤなおばさんが現われて、さげすむように、わたしの顔を見て笑い、
『何をクヨクヨしているの、お雪ちゃん……もしねんねが生れたら、大切に育ててお上げなさいな、それがイヤなら、おろしておしまい、間引いておしまい、殺しておしまい』
ああ、弁信さん――
この次に、わたしが、あなたに手紙を書く時、わたしの心持が、どんなに変るかわかりますか」
[#ここで字下げ終わり]
十四
駒井甚三郎と、田山白雲とは、房州南端の海岸を歩いている。
駒井は、軽快な洋装をして手に鞭《むち》を持
前へ
次へ
全251ページ中136ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング