ふ》しが自由にならなかったもので、あの人の剣法が音無しの構えと言われるようになったのは、それから後のことだと聞きました」
「なるほど、なるほど」
「その時分には、もう、名ある剣客で、竜之助さんの前に立つ者は一人もなかったといわれます」
「うむ、うむ」
「けれども、あのお父さんばかりは許さなかったそうですよ――お父さんという人は、甲源一刀流の出ではありますが、柳生《やぎゅう》、心蔭といったような各流儀にわたっており、それぞれの名人たちの道場をも踏んで来た人ですけれども、竜之助さんの剣術というものは、ちょっとも自分の道場の外で鍛えた剣術ではないと言います。それだのに、腕はお父さんよりもすぐれているということですから、眼中に人のないのも慢心とばかりはいえますまい、人も許し、われも許していたのですが、お父さんばかりは、最後まで許さなかったと申します」
「なるほど」
「そのうちに、あの人が実地に人を斬ることを覚えるようになりました……今になれば、それが思い当ることばかりですが、その時分、そんなことを知った者は一人だってありゃしません」
 雲衲《うんのう》は伏目になって、燼《もえさし》の火を見なが
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