き合いがありませんから、これが無作法にもなりませんし、またちっとも恥かしいとは思いません。
万葉集の歌には、よく髪の毛のことがありますのよ、女は髪の毛を、生命《いのち》のように大事にすることがあります。
自分でさえ、手ざわりのやわらかな毛をいじっていると、可愛らしくなってしまうことがあります。
わたしは、髪の毛を美しく結んで、人に見せるよりは、解いた髪の毛を、自分の腕に巻いている心持が何とも言われません。
弁信さん――
こうして、わたくしは、自分の髪の毛を腕に巻いたり、ろくでもない器量を水鏡にうつしたりして、ひとり、いい気持になって、離れ岩の上でさんざん遊んで、宿へ帰ることを楽しみにしていたのですが……もう二度とはあの岩へ行きますまい。
今度という今度は、もうあの岩へは遊びに行きますまい。……こんなことを言いますと、また何か水の底で、おそろしい人の死骸でも見たのかと、あなたが心配してお尋ねになる様子が、わたくしにありありとうつりますが、決して、そういうわけではないのです。
きょうというきょうは、何ともいわれないいやな思いが、不意にあの岩の上で起りましたのは……
弁信さん……
あなただ
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