包の中央に立って帳面を振分けて、これもしさいらしい吟味をしている。無論、七兵衛のあることは、誰もまだ気がつかない。
帳面と、そのこも[#「こも」に傍点]包とを、すっかり引合わせてしまったアツシを着た前髪の商人が何とも言わないのに、人足たちは、積込むだけのものを積み終わると、大八車を引っぱって、この店の前を立去る。
帳合《ちょうあい》を終った少年は、しきりにそのこも[#「こも」に傍点]包の荷造りを改めはじめる。余念なくその荷造りを調べている時、後ろで、
「忠どん?」
「え?」
はじめて気がついた、そこに先客のあることを――
「おじさんかい」
「何だね、そのこも[#「こも」に傍点]包は……」
「こりゃ、おじさん、こっちの包みが刀で、こっちが鉄砲の包みだよ」
「え……刀と鉄砲? どちらも大変に穏かでねえ。それをお前が、いったいどうしようというのだ」
「どうしようたって、おじさん、お屋敷へ売込むんでさあ」
「お屋敷……ドコのお屋敷へ?」
「そりゃ、おじさん、わかってるだろう、その薩摩守のお屋敷へさ……」
「お前が……その鉄砲と、刀を、薩摩のお屋敷へ売込もうというのか――?」
「そうさ」
「いつ、お前は、薩摩様のお出入りになったんだ――?」
「いつだって、おじさん、近いところにいりゃあ、いつ、どうした便宜で、お出入りになるかわかるまいじゃないか」
「お前に限って、そうしたはずじゃなかったなあ」
「だって、おじさん……」
「いったい、お前は、この薩摩屋敷に巣をくう浪人たちのために、せっかく苦労してこしらえた財産を奪われたその恨みで、こんなところへ来て、そのかたきを取返すのだといって、力《りき》んでいたはずじゃないか」
「それは、それに違いないけれど、おじさん、商人は腹を立てちゃ損だということが、このごろわかってきたよ」
「なるほど……」
「そりゃあ一時は口惜《くや》しかったが、今となってみれば腹を立つだけが損で、本当の仕返しは、やっぱり算盤《そろばん》の上で行かなけりゃ嘘だと、つくづく思い当りましたよ。喧嘩をしないで、お得意にしちまえば、盗られたものを、楽に取り返すことができまさあね」
七兵衛は、徳間《とくま》の山奥で砂金取りをしていたこの少年を見出だして以来、そのこましゃくれた面憎《つらにく》い言い分に、いつも言いまくられる癖がある。十五や十六の歳で、金儲《かねもう》けの話といえば寸分のすきもなく、金儲けの仕事といえばいっこう臆面がない。こんなのも珍しいと感心することもあるが、多くの場合には、そのこましゃくれを面憎く思う。
今も、その生意気な言い分が、ハリ倒してやりたいほどしゃくにさわっているとも知らず、
「おじさん、近いうちに日本が二つに割れるよ、そうなると軍器だね、刀と、鉄砲が、売れるのなんのって……大儲けをするのはこれからだよ、おじさん、一口乗らないか?」
そこで、この少年は上り口に腰をおろして、七兵衛を相手に、近く来《きた》るべき天下の大乱によって、大金持になるべき秘訣《ひけつ》を説き出して、七兵衛を煙《けむ》にまく。
この忠作という少年の説によると、近いうちに日本が二つにわかれるというのは、要するに徳川と薩摩との喧嘩であって、東の方は徳川のもの、西の諸大名はたいてい薩摩に肩を持つ。
ところで、その争いの結果、ドチラが勝つか、負けるかわからないが、勝つにしても、負けるにしても、とにかく一朝一夕ではいかないこと。
入り乱れて、何十年、何百年も、戦争がつづくかも知れないということ。
そこで、軍器と、兵糧との、無限の需要がある、そこが目のつけどころだということ。
とりあえず自分の仕事は軍器の御用商人で、つまり、戦争が長引けば長引くほど儲《もう》かる。
そんなことをして、江戸にいながら、薩摩の屋敷へ武器を売込んだりなどすれば、江戸の方に恨まれて、ヒドイ目に逢うぞ……と、七兵衛がオドかせば、なあに、商人《あきんど》だもの、どっちでも割のいい方へ売る分には文句はないはず、今、逆縁のようなわけで、薩摩の家に取入ることができて、刀剣と、鉄砲との、買入れ方をたのまれたから、薩摩の御用をつとめているようなものの、これが、薩摩が江戸から追っ払われて、江戸の風向きがよくなれば、よろこんで江戸へお味方をして、御用にありつくまでのことさ……と忠作は、事もなげに放言する。
そうしてなお言うことには、今こうして来た刀は、みんな駄物ばかりだが、今は駄物だの、名刀だの言っている時節ではない、数さえ多ければ何でもいい。鉄砲だってその通り、ここに集めて来たものは、大抵はチグハグや壊れ物だが、これを修繕して売込むと、立派な値段で買ってくれる――だが、本当に仕事をしようというには、こんなことではまだるくて仕方がない――どのみち、これからの戦争は、
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