白半分になぶる。
 今も、いい気になって管《くだ》をまき出したのを、にがにがしい思いで聞いていると、ダニはいよいよ乗り気になって、聞かれ果てないことをしゃべり出しました。どことかの後家さんをなぐさんでやって、このごろでは毎晩のように通っているが、はじめは口惜《くや》しがって、おれのつらを引掻《ひっか》きやがったが、今では阿魔《あま》め、おれの行くのを待遠しがっていやがる、そうなってみると、焼杉《やきすぎ》の下駄の一足も買ってやらなきゃあ冥利《みょうり》が悪いから、いくらか貸してくんな、おめえが持っていなけりゃお嬢様におねげえして、いくらか貸してくんなと、声高《こわだか》になる。
 何だいべらぼうめ、女をこしらえちゃ悪いのかい、女をこしらえねえような奴は、人間の屑《くず》だい……というような悪口も聞え出す。
 浄土の連想も、経文の柔軟も、あったものではない、ダニといわれた船頭の悪口で、すっかりかきまわされる。
 お松は、どうしても自分が出なければならないと思いました。こういう際の取扱いは、いつもお松が当ることになっていて、与八ではどうしても納まりのつかないのが例であります。
 縫物を押片づけたお松は、そのまま道場の方へと歩んで行きました。
「谷蔵さん、今晩は……」
「これはこれは、お嬢様」
 お松のことを、誰いうとなくお嬢様で通っている。お松が現われると、すっかり谷蔵の機鋒《きほう》が鈍《にぶ》ってしまうのが不思議であります。
「与八さん、そんな悪い奴は、かまわないから、つかみ出しておしまいなさい」
 お松がそう言っておどすと、ダニが顔の色をかえて、あわてふためいて逃げ出しました。力のあり余る与八を恐れないで、力のないお松を恐れることも不思議であります。
 こんなひょうきん者もあるにはあるけれど、お松の仕事は、次から次と根を張り、枝をのばしてゆくことは、自分たちさえも目ざましいほどでありました。
 つまり、一つの村から一つの村へと、お松のはじめた教育ぶりが伝染して行くのであります。それは大抵、お松を中心として、仕事を習う娘たちの同意から始まって、甲の村でも、乙の部落でも、然《しか》るべき家を借受けて、第二、第三の講習会が起り、つづいて、子供たちのために寺子屋が起り、遊びどころが見つかってゆくというわけであります。
 これがために、お松の事業は、またたくまに発展して、村
前へ 次へ
全126ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング