て海が赤くなるのは、あえて珍しいことではないが、きょうに限って、その赤い色が違うようです。
老漁師は、こんなに変った色を好みません。その色ざしによって、なんとか明日の天候を見定めるものですが、この夕べは、十里の砂浜に日和《ひより》を見ようとする一つの漁師の影さえ見えません。
ところどころに、竜安石を置いたような岩が点出しているだけで、平沙渺漠《へいさびょうばく》人煙を絶するような中を、清澄の茂太郎は、西に向ってまっしぐらに走り出しました。
真直ぐに行けば忽《たちま》ち海に没入する道も、まがれば無限である。茂太郎は、その無限の海岸線を走ろうというのですから、留め手のない限り、その興の尽き、足の疲れ果つる時を待つよりほかに、留めるすべはない。
けれども、まっしぐらに走ること数町にして、彼は踏みとどまり、やはり真紅《まっか》に焼けた海のあなたの空に向って、歌をうたう声が聞えます。
だが、その歌は、音節が聞えるだけで、歌詞は聞えない。聞えてもわかるまい。
暫く砂浜の上に立って、例の如く、あらん限りの声を揚げて歌をうたっていたが、真紅な西の空に、旗のように白い一点の雲をみとめると、急に歌をやめて、それを見つめる。
白い一点の雲が動く――動いてこちらへ近づいて来る。
一片の雲だけが、夕陽の空を、こっちへ向いて飛んで来るという現象は珍しいことだ。ことにその色が、いかにも白い。時としては、銀のような色を翻して見せることもある。
雲が自身で下りて来る――まことに珍しいことだ。彼は大海の夕暮に立って、下界に降り来る一片の白雲を、飽くまで仰ぎながめている。
なんのことだ――雲ではない、鳥だ。素敵もない大きな鳥が、充分に翼をのしきって、夕焼けの背景をもって、悠々《ゆうゆう》として舞い下って来るのだった。
信天翁《あほうどり》か――とびか、鷹か、みさごか、かもめか、なんだか知らないが、ばかに大きな、真白な鳥だ。
そのうしろを、黒鉛のような夕暮の色が沈鬱《ちんうつ》にし、金色の射る矢の光が荘厳《そうごん》にする。
なんだ、鳥か――小児が再び走り出したのは、その時からはじまります。雲が心あっておりて来るなら、それに乗りたい、だが、鳥では用がないとでも思ったのだろう。
鳥の方でもまた、お気に召さないならば……と挨拶して、翼の方向をかえる。
清澄の茂太郎は、またも、まっ
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