うちがうごめきます。気のせいでしょう、気のせいに違いありません。けれども、こうしているうちも、お腹の中で、何か動いているという不安が、一刻一刻に高まってゆく気持をどうすることもできません。
ああ、忌《いや》な、こうして、わたしは幾月かするうちに、人様に隠せないようになって、自分を穴の中にでも入れておかない限りは、見る人の噂《うわさ》の的となるに相違ありません。
白骨《しらほね》の湯は、人里離れて奥深いとは言いながら、やがて、わたしはここにも身を置くことはできなくなるでしょう。
『相手は誰だ』
例のつめたい声が、もうひしひしとわたしの背後にささやかれているような気がします。
『相手は誰だ』
実に、このささやきは、わたしの頭をクルクルとさせ、心臓をつらぬいてしまいます。
けれども何とか、このささやきに、わたしが返答しない限り、その疑惑は強く、高くなる一方で、ささやきは、やがて雷鳴のように強くなり、疑惑は海のように深くなるばかりです。
ですけれども、弁信さん、わたしには全く覚えがありませんのよ。
覚えのないことは、言われないじゃありませんか。
言われなければ言われないほど、人様は勝手な評判を作るでしょう。
ついに、わたしは相手の知れない父《てて》なし子《ご》を生んだ、手のつけられないみだらな女として、人の冷笑の中に葬られてしまわねばならないが、それよりも不幸なのは、この子が……わたしに子供なぞは有りゃしません、妊娠でないことは確かですけれども、もしかして、父なし子の運命を以て世に生れた子供……この子供の不幸に比べたら、わたしの不幸などは、言うに足らないものかも知れません。
そうなっては、死んでも死にきれないではありませんか。
どうしても、わたしは一人では死ねません。生きても二重の罪に生き、死ぬにも二重の罪を犯さなければ、死ぬことさえできません。

弁信さん――
何かよい方法はないでしょうか。
せめて一方だけ生き得られるか、また一方だけ死ねるか、その方法がありましたらお教え下さいまし……
ああ、わたしとしたことが、まあ何という愚痴を書きつらねたものでしょう。こんなことはみんな変ではありませんか。いつ、誰が、わたしの妊娠を見届けたものがありますか。自分でさえその証拠があげられないものを――いやなおかみさんのは、もとよりホンの冗談《じょうだん》であります。取越し苦労にも程のあっ
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