済みませんけれど、ほんとうに歯痒《はがゆ》いほど気の弱い人です。お内儀さんは、浅吉さんを、こんな山の中へ連れて来て嬲殺《なぶりごろ》しにしているのです。そうしてその苦しがって死ぬのを、面白がって眺めているのだとしか思われないことがあって、私は悚然《ぞっ》とします。それでも、付合ってみると、お内儀《かみ》さんという人も、べつだん悪い人だとは思われず――浅吉さんもかわいそうにはかわいそうだが、お内儀さんも憎いという気にはなれず、わたしは、知らず識らずそのどちらへも同情を持ってしまうのです。一方がかわいそうなら、一方を憎まねばならないはずなのに――それとも、二人とも、別に悪いというほどの人ではないのでしょうか。また、わたしの頭が、こんがらかって、善悪の差別がつかないのでしょうか。
わからないのは、そればかりじゃありません。浅吉さんは、あれほど、お内儀さんから虐待を受けながら、お内儀さんを思い切れないんですね。無茶苦茶に苛《いじ》められて、生命《いのち》を※[#「てへん+毟」、第4水準2−78−12]《むし》り取られることが、かえってあの人には本望なのか知らと思われることもありますのです。ですから、わたしには、うっかり口は出せません。夫婦喧嘩の仲裁は後で恨まれると聞きましたが、あの人たちは夫婦ではありませんけれども、悪い時は死ぬの、生きるのと、よい時はばかによくなってしまうのですから、わたしは、障《さわ》らないでいるのが無事だと思っています。
ですけれども、そうしているのは、わたしが、あのお内儀さんに加勢して、浅吉さんを見殺しにしているかのように思われてならないこともあります。
弁信さん。
こんなことを、あなたに書いて上げるんじゃありませんけれど、あなたが、わたしのために言って下すったことが、わたしの身の上でなくて、あの浅吉さんという人の身の上にかかっているような気持がしてならないものですから、つい、こんなことを書く気になってしまいました。
前に申し上げる通り、わたしは道中も無事、ここへ来てもほんとに幸福の感じこそ致せ、殺すとか、死ぬとか、そんないやなことは、わたしの身の廻りには寄りつきそうもありませんのに、あの浅吉さんという人には、最初から、それがついて廻っているようです。かわいそうでなりませんけれど、いま申し上げたようなわけで、力になって上げる術《すべ》がありませんのよ。
今日も、朝からお天気がいいものですから、わたしは一人で、小梨平を通り、低い笹原を分けて無名沼《ななしぬま》へ遊びに参りました。
その途中、硫黄ヶ岳の煙と、乗鞍ヶ岳の雪とが、わたしの足を留めました。
火を噴《ふ》く山から天に舞い上る大蛇《おろち》のような煙。高い山の雪の日に輝く銀の塔を磨いたような色。浅緑の深い色の空気。それから密林の間を下って無名沼のほとりに来て見ますと、いつも見る水の色が、今日はまたなんという鮮《あざや》かでしたろう。
どうして、こんなに無名の沼が、わたしを引きつけるのでしょう。わたしは天気さえよければ、毎日この沼を訪れないという日はありません。それは、やがて雪が谷を埋め尽す時分になっては、一寸《ちょっと》も戸の外へ出ることができないから、今のうちに外の空気を吸えるだけ吸い、歩けるだけの距離を歩いておくという自然の勢いが、わたしをこうして軽快に外へ出して遊ばせるのかも知れません。
それにしても、無名沼《ななしぬま》は、わたしを引きつける力があり過ぎます。
わたしは踊るような足取りで、沼のほとりを廻って、離れ岩のところまで参りました。
前にも申し上げた通り、今日の沼の色の鮮かさは格別に見えました。
ごらんなさい、水底には一面に絹糸を靡《なび》かしたような藻草《もぐさ》が生えているではありませんか。その細い柔らかな藻草の上に、星のような形をした真白な小さい花が咲いて、その花だけが、しおらしい色をして、水の上に浮び出しているではありませんか。
どこからともなく動いて来る水。多分、この、わたしが立っている離れ岩の下から、湧いて流れ出して来るのかも知れません。それが、じっと見ていなければわからないほどの動きで、その白い米粒のような藻の花を動かしているのです。見ていると、どうしても、その花が可愛い唇を動かして、わたしに話しかけているとしか思われないので、わたしも、つい、
『お前は何ていう花』
と訊《たず》ねてみましたが、その時、わたしは、ほとんど人心地を失うほどに驚いてしまいました。その白い藻の花の中に絡《から》まって、人間の屍骸《しがい》が一つ、仰向けに沈んでいるのです。なんという怖ろしいこと。
『ああ、人が殺されて、この水の底に沈んでいる、誰か来て下さい』
と声を限りに叫ぼうとしましたが、その瞬間に気がついて見ますと、何のことでしょう、それは屍骸でも、人の面《かお》でもありません、わたしというものの姿が、藻の花の間の水に映っていたのです。
あまりのことに拍子抜けがして、自分ながら呆《あき》れ返ってしまいましたけれど、それでもわたしの頭に残った今の怖ろしさが、全く消えたのではありません。
それから、何ともいえないいやな気持になって、あれほど好きな無名沼《ななしぬま》を逃げるように帰って来ました。
明日《あした》からは、たとえ、どのような、よい天気でも、あの沼へ行くことをやめようと思いながら。

弁信さん――
わたしは、その無名沼から逃げ帰る途中、あの低い笹原のところまで来ますと、ばったりと浅吉さんに行き逢ってしまいました。
『浅吉さん、鐙小屋《あぶみごや》ですか』
と、わたしが訊ねますと、浅吉さんは何とも返事をしないで、すうっと通り過ぎてしまいました。
多分、沼の近所にある鐙小屋の神主さんのところへ、あの人たちはよく出かけるそうですから、わたしが、そういって訊ねてみたのに、浅吉さんは一言の返事もせずに通り過ぎてしまったものですから、わたしも気になりました。気のせいか知ら、今日のあの人の顔の真蒼《まっさお》なこと。いつも元気のない人ではありながら、今日はまた何という蒼《あお》い色でしょう。まるで螢の光るように、顔が透き徹っていました。だもんですから、わたしは、あんまり気になって振返って見ますと、おや、もうあの人はいないのです。そこは笹原がかなり広く続いたところであるのに、いま通り過ぎたと思った浅吉さんの姿が、もう見えないものですから、わたしの身の毛がよだちました。
でも、急いで、あの林の中へ入ってしまったのだろうと、わたしも暫く立ちどまって、林の方を見ておりましたが、不安心は、いよいよ込み上げて来るばかりです。
あの人は、いつぞや林の中で縊《くび》れて死のうとしたのを、わたしが見つけて、助けて上げたことがあるくらいですから、もしやと、わたしは、堪らないほどの不安に襲われましたけれども、その時は、どうしたものか、あとを追いかけて安否を突き留めようとするほどの勇気が、どうしても出ませんでした。
無名沼《ななしぬま》の水の面影《おもかげ》といい、今の浅吉さんの蒼い色といい、すっかり、わたしを脅《おびやか》して、たとえ一足でも後ろへ戻ろうとする力を与えませんのみならず、先へ先へと押し倒されるような力で、宿まで走って参りましたのです。
宿へ帰って見ると、ここはまたなんという静けさでしょう。渓谷の間を曲って来る日の光というものは、こうも明るく、澄み渡るものかと思われるばかり。障子も部屋の隅々も、わたしのこの手紙を書いている机の上の、紙も、筆も、透き徹るほど明るく澄み渡っています。

弁信さん――
今日の手紙はこのくらいにしておきましょう。けれども、これがあなたのお手元まで着くのはいつのことだか知れないわね。それでも、勘のいいあなたは、わたしがここで筆を運んでいることを、もう、頭の中へちゃんと感じておいでなさるかも知れないわ。
茂ちゃんを大事にして上げてください。あの子は、よく独《ひと》り歩きをして、山の中へでもなんでも平気で行ってしまうから、わたし、それが案じられます。遠く出て遊ばないように、よく弁信さんの吩咐《いいつけ》を聞いて、来年の春、わたしたちが帰るまで、おとなしくお留守居をしていて下さいって――よくいって聞かせてあげて下さい。
では、今日は、これで筆を止めて、わたしは、これから下へ参ります。下の大きな炉の傍で、これから学問が開かれるのです。池田先生が歌の講義をして下さるのに、また新しく俳諧師の先生がおいでになって、面白い話をして下さいます。それが済むとみんなして世間話、山の話、猟の話などで、炉辺はいつでも春のような賑《にぎや》かさです。
弁信さん。
ではお大切《だいじ》に。
あ、まだ申し残しました。お喜び下さい、あの先生の眼がだんだんよくなりますのよ。
厚い霞《かすみ》が一枚一枚取れて、頭が軽くなるようだとこの間もおっしゃいました。
弁信さん、あなたはこの世界は暗いものと、最初からきめておいでになりますのに、あの先生は、暗いのがお好きか、明るくしたい御料簡《ごりょうけん》なのか、わたしにはさっぱりそれがわかりません」
[#ここで字下げ終わり]

         十六

 その翌々日、お雪はまたあわただしい思いで筆を執《と》りはじめました。
[#ここから1字下げ]
「弁信さん――
前の手紙をまだ、あなたのところに差上げる手段もつかないうちに、わたしはまた大急ぎで、継足《つぎた》しをしなければならない必要に迫られました。
先日の手紙にありましたでしょう――わたしが、無名沼《ななしぬま》から帰る時に、低い笹原の中で浅吉さんにゆきあったことを。そうして、わたしが言葉をかけたのにあの人は何の返事もなく、螢のような真蒼《まっさお》な面《かお》をしてゆきすぎてしまったことを。
あれから今日で三日目です。浅吉さんが帰りません――いいえ、帰りました。帰りましたけれど驚いてはいけません、あの人は、とうとう死んでしまいましたのよ。
それが、どうでしょう、ところもあろうに、あの無名沼の中で……捜して引き上げて来た人たちの話によると、まあ、わたし、どうしていいかわからなくなります。丁度、わたしが立っていた離れ岩の下の、絹糸のような藻の中に、浅吉さんの死体が、絡《から》まれて、水の中へ幽霊のように、浮いたり、沈んだりしていたということです。
ああ、それでは、わたしが人の死骸と思ったのは、あの人が沈んでいたのではないか、わたしの見たのは、自分の影が映ったと見たのが誤りで、最初、驚かされた幻《まぼろし》のような姿が、かえって本当ではなかったでしょうか。わたしは今、自分で自分の頭がわからなくなりました。もし、最初に見た水の中の幻が、ほんとうに浅吉さんの死骸だったとすれば、後の笹原で行きあったあの人は誰でしょう――わたし、これを書きながら怖くなってたまりません。
確かなのですよ、わたしがあの笹原でパッタリと蒼い面をした浅吉さんに行きあったことは。決して嘘ではありませんのよ。
『浅吉さん、鐙小屋《あぶみごや》へですか』
ですから、わたしは、そういって言葉をかけたのですが、それに返事のなかったことも確かです。そうして振返って見た時分には、かなり広い笹原のどこにも、あの人の姿が見えなかったことも本当なのです。
わたし、なんだか、自分までが、この世の人でないような気持がしてなりません。
三日の間、水につかっていた浅吉さんの姿は、蝋《ろう》のように真白なそうです。
連れて来て宿の一間に眠るように休んでおいでなさるそうですけれども、わたしには、どうしても今見舞に行く勇気がありません。なんでも人の話には、水には落ちたけれども、あの人は一口も水をのんではいなかったそうです。で、岩の上で転んでどこかを強く打って、気絶してから水に落ちたんだろうなんて、皆さんが噂《うわさ》をしています。けれども、わたしには、どうしても怪我とは思われません。覚悟の上の死に方です。あの人が死のうと覚悟をしたのは今に始まったことじゃありませんもの……それは、わたしだけが、よく知っています。ですから、あの人が怪我で水に
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