望がかないました」
 それから一層心をこめて白雲を款待《もてな》しました。白雲も久しぶりで江戸前の料理に逢い、泰然自若《たいぜんじじゃく》として御馳走を受けていましたが、今宵は、いつものように乱するに至らず、ひきつづいて駒井甚三郎の噂《うわさ》。駒井のために一枚の美人画を描いてやったが、それが、自分ながらよく出来たと思い、駒井も大へん気に入って、この脇差をくれたということ。それから、いいかげんのところで切上げる用心も忘れないでいると、お角が、
「ねえ先生、お差支えがなければ、わたしどもへおいで下さいませんか、二階が明いておりますから、いつまでおいで下さっても、文句をいうものはございません、そこで、どうか精一杯のお仕事をなすっていただきとうございます」
 お角は背中の文身《ほりもの》を質においても、奉納の額に入れ上げる決心らしい。

         七

 田山白雲がお角の宅へ案内されて、二階のお銀様の居間であったところに納まると、お角はとりあえず、かなり大きな二つの額面を戸棚から出して、白雲の前に立てかけました。
 この二つの額面は、この間中、ジプシー・ダンスをやっていた一座が持って
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