味を見せているが、頭から下は以前といっこう変ったところがありません。六尺豊かの体格に、おそろしく長い大小を横たえて、旅の荷物を両掛けにして、草鞋《わらじ》脚絆《きゃはん》厳《いか》めしく、小山の揺《ゆる》ぎ出たように歩き出して来たものですから、新しい人だか、古い人だか、ちょっと見当がつかなくなりました。
しかし、当人はいっこう気取った様子もなく、のこのこと歩いて、やがてお角とすれすれの所まで来まして、さて、これから、江戸のいずれの方面に向って歩みを移そうかと、ちょっと思案の体《てい》に見えました。
「モシ、あの、ちょっと失礼でございますが……」
と、その異様な人物に、まず物をいいかけたのはお角でありました。
「あ、何ですか?」
と蝙蝠傘の主《ぬし》は、あわただしく下界を見下ろすように身をかがめて返事をしますと、
「つかぬことを承るようでございますが、あなた様は房州の方からおいでになりましたのですか?」
「あ、房州から来ましたよ」
白雲は、この女の姿を見下ろして、それがよくわかったなと言わぬばかりの顔色です。
「房州は洲崎からおいでになりましたのでしょう」
「ええ、洲崎から来ましたが
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