しどもは、親類の者で、つまり、この家の主人の兄貴といったようなものなんでございます、どうぞ、お見知り置かれ下さいまして」
 これだけでも、ききようによれば、かなり凄味が利《き》くはずになっているのを、白雲は真《ま》に受けて、
「ははあ、君が、ここの女主人の兄さんかね。妹さんには拙者も計らずお世話になっちまいましてね」
「どう致しまして、あの通りの我儘者《わがままもの》でげすから、おかまい申すこともなにもできやしません、まあ一服おつけなさいまし」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]の野郎が如才《じょさい》なく、携えて来たお角の朱羅宇《しゅらう》の長煙管《ながぎせる》を取って、一服つけて、それを勿体《もったい》らしく白雲の前へ薦《すす》めてみたものです。
「これは恐縮」
といって、白雲は辞退もせずに、その朱羅宇の長煙管でスパスパとやり出したものですから、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵も、いよいよこの男は色男ではないと断定をしてしまいました。そうしてみると、今まで、張り詰めていた百蔵の邪推とか、嫉妬とかいうものが、今は滑稽極まることのようになって、吸附け煙草をパクパクやっている白雲の姿に、吹き出したくなるのを堪《こら》えて、胸の中で、
「どう見てもこの男は色男じゃ無《ね》え」
 全くその通り、どう見直しても、眼前にいるこの男は、自分が一途《いちず》に想像して来たような、生白《なまっちろ》い優男《やさおとこ》ではありませんでした。色が生白くないのみならず、本来、銅色《あかがねいろ》をしたところへ、房州の海で色あげをして来たものですから、かなり染めが利いているのです。それに加うるに六尺豊かの体格で、悠然と構え込んでいるところは、優男の部類とはいえない。いかなイカモノ食いでも、これはカジれまい――そこでがんりき[#「がんりき」に傍点]も、ばかばかしさに力抜けがしてしまいました。
 すべて、がんりき[#「がんりき」に傍点]の目安では、あらゆる男性を区別して、色男と、醜男《ぶおとこ》とに分ける。色男でない者はすなわち醜男であり、醜男でない者はすなわち色男である。男子の相場は、女に持てることと、持てないことによってきまる。そうして少なくとも自分は色男の本家の株だと心得ている。この本家の旗色に靡《なび》かぬような女は、意地を尽しても物にして見せようとする。仮りにもこの本家の株を
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