、まじまじと茂太郎の顔を眺めて、窘《たしな》めるようにいいますと、茂太郎は恥かしそうに、また怖気《おじけ》づいているように、がんりき[#「がんりき」に傍点]の後ろへ隠れて返事をしない。
「こういうお土産《みやげ》があるから、図々しくも、やって来てみる気になったのさ」
とがんりき[#「がんりき」に傍点]は、早くも長火鉢の前に坐り込んでしまいました。
茂太郎は、やはりその蔭に小さく坐って、もじもじしている。
「ほんとに、茂ちゃん、お前という子もずいぶん人騒がせね。お母さんはじめ、どのくらい、心配して探したか知れやしません。いい気になってどこを歩いていたの……?」
お勢のいうことが、出戻りを叱るような慳貪《けんどん》になったので、がんりき[#「がんりき」に傍点]が、
「まあ、そう、ガミガミいうなよ、なにもこの子が悪いというわけじゃねえや、連れて逃げたあの小坊主が、知恵をつけたんだから、何もいわず、元々通り、可愛がってやってくんな」
「なにも、わたしが叱言《こごと》をいう役じゃありませんが、あの人気最中に、逃げ出すなんて、親方の身にもなってみてもあんまりだから、つい……」
「ところで……」
がんりき[#「がんりき」に傍点]は長火鉢の前に脂下《やにさが》って、
「湯治と来ちゃあ二日や三日じゃあ帰れめえが、お勢ちゃんが留守番かい?」
「いいえ、わたしが留守番ときまったわけじゃありませんの、二階にお客様がおいでなさるもんですから……」
「お客様……」
といって、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百が変な顔をして、二階を見上げました。
「そのお客様てえのは……?」
がんりき[#「がんりき」に傍点]の言葉尻が上って来るのを、
「絵の先生ですよ」
お勢は何気なく答えたが、がんりき[#「がんりき」に傍点]の胸がどうも穏かでないらしい。
「絵の先生が、お留守番なのかい?」
「お留守番というわけではありませんが、親方がお泊め申して置くもんですから、わたしたちが毎日隙を見ちゃあ、こうして入代り立代り、お世話に上るんですよ」
「へえ、なるほど……」
がんりき[#「がんりき」に傍点]の胸の雲行きが、いよいよ穏かでないらしい。
というのは、このがんりき[#「がんりき」に傍点]という男と、お角とは、一時盛んに熱くなり合ったことがある。しかし、それはこういう輩《やから》の腐れ合いで、いくら
前へ
次へ
全176ページ中38ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング