らい?」
訊ねてみると、どちらが迷い子だかわかりません。迷い子は年の頃五十を越したお医者さん。それを尋ね廻っている御当人は、子供だか、大人だか、ちょっとは見当がつかない。
峠の町の人は暫く呆《あき》れて見えましたが、それでも要領を得てみれば、この一種異様な迷い子さがしに多少の同情を持たないわけにはゆかないし、最初、藪《やぶ》から棒に、先生はどうしたと詰問されて相手にしなかった家々の者まで、本気になって、その求むる迷い子についての知識を、寄せ集めてくれました。
その言うところによると、たしかに米友のいう通りの人相骨柄《にんそうこつがら》の人が、力餅を二百文だけ買って竹の皮に包ませ、蝋燭《ろうそく》を二丁買って懐ろへ入れ、さてその次の酒屋へ来ると、急に気が大きくなって、雲助を相手に気焔を吐いていたことまではわかったが、それから先が雲をつかむようです。
そこへ、ひょっこりと現われた一人の雲助が、
「ナンダ、その先生か。そんならうん[#「うん」に傍点]州が駕籠《かご》に乗って、いい心持で鼾《いびき》をかいてござったあ。今時分は軽井沢の桝形《ますがた》の茶屋あたりで、女郎衆にいじめられてござるべえ」
この言葉に、米友が力を得ました。
二
そこで宇治山田の米友は、峠の町から、軽井沢をめがけて一散に馳《は》せ出しました。
これより先、道庵は、ちょっと買物をするつもりが、雲助を相手に、酒屋へ入るといい気持になり、うっかりその駕籠に乗せられて、有耶無耶《うやむや》のうちにかつぎ出されてしまいました。
峠の町から軽井沢までは僅か十八町、且つ下り一方の帰り駕籠ですから、かつぐ方もいい心持、乗る方は一層いい心持になって、大鼾で寝込んでいるものですから、またたくまに軽井沢の宿《しゅく》の入口、桝形の茶屋まで着いても、まだ目が醒《さ》めません。
ここで、雲助はこの拾い物のお客をおろすと、宿の客引と、飯盛女《めしもりおんな》が、群がり来って袖をひっぱること、金魚の餌を争うが如し。道庵、眼をさまして、はじめて驚き、
「しまった!」
酔眼朦朧《すいがんもうろう》として四方《あたり》を見廻したけれども、もう遅い。
「お泊りなさんし、丁字屋《ちょうじや》でございます」
「江戸屋でございます」
「手前は佐忠で……」
「三度屋はこちらでございます」
「温かい御飯の冷
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