とは、お留め申すだけの力は一切ございませんが、どうかお情けにはそのうちの上着の一枚だけをお返し下さいますまいか、せめてそれだけでもございませんと、これから一足も進むことができないのでございます……と、懇《ねんご》ろに頼みましたところが、その方はそれを一向お聞き入れ下さらず、馬鹿め……着物がなくっても足があるだろう、足があって一足も歩けないということがあるかと申されました、よろしうございます、それではお持ち下さいませ……私が悪うございました、世間には一枚の着物さえ持たない人もあるのに、これまで三枚の着物を重ねていた私は奢《おご》っておりました、その罪で、あなたのために衣をはがれるのは、罪の当然の酬《むく》いでございます、私から着物をお取りになろうとするあなたこそ、私以上に困っておいでになればこそでございます、求められずとも、私から脱いで差上げなければならなかったのを、たとえ一枚でも欲しいと申した私の心が恥かしうございます……とこう申しますと、その人が、いきなり私を足蹴《あしげ》に致しました。
 その方が、いきなり私を足蹴に致しまして、よく、ペラペラ喋《しゃべ》るこましゃくれ[#「こましゃくれ」に傍点]だ、黙って往生しろ――とそのまま行っておしまいになればよかったのですが、その方が、ふと私があちらへおいた琵琶に目をつけたものと見えまして、こりゃあ何だ、月琴《げっきん》の出来損いのようなへんてこなものを持っている――これもついでに貰って行く、と琵琶をお取上げになったようでしたが、夜目にも、私の琵琶が古びて、粗末なのを見て取ったのでしょう、持って帰ったって、こんな物、売ったところでいくらにもなるめえ、買い手があるものか……と呟《つぶや》きましたのを、私が聞いて、左様でございます、その品は、それを操るものには無くてはならぬ品でございますが、余の人が持ちましたとて、玩具《おもちゃ》にもなるものではございませぬ、もしできますならば、それはそのままお残し下さいませ、おっしゃる通りに着物はなくても、足があれば歩けないという限りはございませぬが、それがありませぬと、明日から世渡りに差支えまする、とにもかくにも、その一面の琵琶を私が抱いて参りますうちは、皆さんが……よし私の芸が不出来でありましょうとも、それに向って、いくらかの御報捨をして下さいますが、それがないと、私は全く杖柱を失ってし
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