ただ純な心一つが欲しい。その心一つを抱いて故郷の土が踏めるなら――と、お銀様の魂がしきりに叫びました。
 傷ついた魂から血が流れます。お銀様はその血を押えながら街道を歩みはじめました。道が竜王の松原へかかって、有野へはこれから曲ろうとするところ。
 ふと、赤児の泣き声がする。遠いところで乳呑児《ちのみご》が、糸のように泣いては泣きやむ。
 その声を聞くと、お銀様は地上を覗《のぞ》いて見ました。
 血は流れていないが、物がある。
 お銀様はギョッとしてたちどまりました。
 だが、それはその昔、蹴裂明神《けさくみょうじん》の前で見た捨児ではない。長塚新田の馬喰《ばくろう》が落したハマでもない。この街道には相応《ふさ》わしからぬもの――
 柱が二つに折れ、半月から腹まで無惨に踏み裂かれた一面の琵琶が、街道の地上に露を帯びて打捨てられてある。
 お銀様は一見して、これは追剥に逢ったのだと思いました。人間が追剥に逢ったのではない。琵琶が――琵琶そのものが悪漢に捉まって、首を切られ、腹を裂かれたのだ。琵琶そのものがここで無惨にもあえなき最期《さいご》を遂げたのだと思いました。
 こういう場合、人間の死骸よりも、有るべからざるところにある物の死骸が物凄い。見給え、琵琶の腹から夥《おびただ》しい血潮が流れている――
 人間の手に作られて、人間の用をなすもので、人格の備わらぬというは一つもない。
 琵琶が殺されている。
 しかし、琵琶の殺されたことは、わが身に何のかかわりあることではない……とお銀様は冷然としてそこを歩み去って、左に折れました。韮崎《にらさき》から信濃境へ行く道とわかれて、有野から白根山脈の前面を圧するところ。
 釜無川につづく竜王松原の中、一歩、足を踏み入れたと思うと、人の呻《うめ》く声を聞きました。
 そこで、お銀様は再びギョッとして振返ったのはさいぜんの琵琶で、呻きの声はただいまのその琵琶から起ったのではないか?
 それならば脈がある……あれほど無惨に殺された琵琶に、まだ一縷《いちる》の生命が残っていたか……地上に残された琵琶の形が助けを呼んでいる。
 お銀様は怖ろしいと思いました。
 しかし、琵琶がよし助けを求めたとてそれが何だ。自分にかかわったことではない――とお銀様は再び冷然として、また竜王松原の中へ足を踏み入れること一歩。
 そこに、また人間の呻く声を聞
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