そうだとすれば、いよいよ以ての外だ、たとえ見物に目があろうが、なかろうが、芸を二三にするような奴は俳優の風上《かざかみ》には置けない、況《いわ》んや市川の宗家ともあるべき者に……丸山、こいつは偽物だ、われわれは一杯食わされたのだ」
 仏頂寺弥助は勃然《ぼつねん》として怒り出したが、丸山勇仙はまだ半信半疑なのか、それとも、ここで仏頂寺をほんとうに怒らせては事になると考えたのか、
「待て待て、もう一幕見極めようではないか、今度の宗家十八番の勧進帳、これを見ていれば、それが格に合うか、合わないか、大概の素人目《しろうとめ》にもわかりそうなものじゃないか、もう一幕|辛抱《しんぼう》し給え……」
 ところで、一方の道庵先生は悠然《ゆうぜん》として、
「さて、今度はいよいよ市川宗家十八番の勧進帳とおいでなすったね。そもそもこの勧進帳というは……御承知の通り、これはお能から来たものですよ。芝居の方では、天保十一年に河原崎座でやったのが初演でげす。その時は海老蔵の弁慶――この海老蔵様は、ここに来ている海土《えど》ちゃんとは違いますよ、七代目の団十郎様が海老蔵様に改まったんでげす。その海老蔵様が弁慶様で、八代目団十郎様の義経様、三代目九蔵様の富樫様《とがしさま》というところでした。見ました、拙者もそれを一幕見ましたよ……ええ、この海老蔵様は、何代目の海老蔵様だとおっしゃるんですか……それは、わっしどもにもわかりませんな」
 番付を取って隣席の者に講釈をすると、隣席の客がなるほどと感心するので、
「これを謡《うたい》から取って芝居の方へ移そうとしたのは、無論その海老蔵様ですよ、その本物の……つまり七代目の団十郎様の海老蔵様から、この勧進帳という狂言が始まりました。ですから、海老蔵様の勧進帳ときた日には、芝居好きと不好《ぶす》きとにかかわらず、見逃してはならないものでげす……尤《もっと》も、ここに来ている海老蔵様は何代目だか、そこんところは拙《せつ》にもよくわかりませんよ」
 道庵としてはまことに角《かど》のない、当り障《さわ》りのない、海老蔵にも、海土ちゃんにも、疵《きず》のつかないような挨拶をしました。
 そのうちに幕があきました。
 富樫の出も尋常であるし……旅の衣から、月の都を立ち出でて……の長唄も存在して、義経主従の衣裳も、山伏の姿になっている。いわゆる海老蔵の弁慶なるものも押
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