《か》るが如き勢い。
 天地|晦冥《かいめい》して雷電|轟《とどろ》き風雨|怒《いか》る。
 岩は千断《ちぎ》れ書割《かきわり》は裂ける。
 飾りつけの松の木はヘシ折れる。
 岩見重太郎は当るを幸いに撫斬りをする。
 最初の幕から、重太郎の太刀風に倒れた人の数を丹念に数えていた見物の一人が、あるところに至って算盤《そろばん》を投げてしまう。
 それは最初の幕。箱崎八幡の松原の場では確かに二十八人を斬ったに相違ない。二幕目の宇都宮三浦屋裏手の斬合いは、暗くてよくわからなかったが、二十人は確かに斬っている。そのうち、お辻が懐剣で三人ばかりを仕留めているらしい。
 だから、今までの幕で、重太郎の手に掛った者が、都合五十人ばかりになっている勘定だが、この場に至るともう算勘の及ぶところではない。
 なにしろ、一方は二千五百人。それをこちらは三人で相手になるのだから、一人前平均八百人ずつはこなせるわけになる。しかし、たとえ二千五百人にしろ、三千人にしろ、芝居そのものの筋書には限定した数字が書いてあるのだから、まだ始末がいいが、舞台そのものの上に於ける人の数は無限であるから、算勘に乗らない。なぜならば、いったん、斬られて倒れた人間が、暗に紛れて這《は》い出してまた鬘《かつら》を冠《かぶ》り直し、太刀取りのべて、やあやあと向って来るからである。
 死んだ人が、幾度でも生き返って立向って来るのだから、その数は無限である。
 これでは、さしもの重太郎でも斬り尽せるはずがない。いかなる算盤でも量《はか》り切れるはずがない、と匙《さじ》を投げました。
 なんぼなんでも、これは酷《ひど》い――と見返ったが、見物はそれどころではない、ただもう熱狂しきって、それ敵が後ろへ廻った、重太郎しっかりやれ、横の方に気をつけろ……と夢中になって声援している。塙《ばん》団右衛門が、松の大木を振り廻して大勢の中へ割って入ると、また素敵もない大喝采。
 やや分別臭《ふんべつくさ》いのまでが、何しろ天下の豪傑だから、このくらいのことは無理もありますまい――と痩我慢《やせがまん》をする。
 そうして遂に重太郎首尾よく敵の首を取って、太閤殿下のお賞《ほ》めにあずかるというところで幕。
 幕は下りたが、人気の沸騰はなかなか下りない。
「エラいもんですな、昔の豪傑を眼の前へ持って来たようなもんです、役者もあれまでにやるに
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