いたので、いったん居眠りから呼び醒《さ》まされた道庵も、この物凄い景気に、すっかり眼を醒ましてしまうと、舞台は箱崎松原の大乱闘。
 重太郎が十八人目を斬った時に、道庵が二度目の居眠りから眼を醒まして、一時は寝耳に火事のように驚きましたが、やがて度胸を据えて見物していると、最初から数えていた見物のいうところによれば、都合二十八人を斬って捨てた時に幕が下りました。
 見物はホッとして息をつく。
 道庵はしきりに嬉しがっている。
 宇治山田の米友は、なんだか要領を得たような、得ないような顔をして、しきりに首を捻《ひね》っている。
 幕がおりると共に見物はホッと息をついて、その息の下から海老蔵は偉い、海老蔵ほどの役者はないと、感嘆の声が盛んにわきおこります。
 次の幕は、野州宇都宮の一刀流剣客高野弥兵衛の町道場。
 花道から岩見重太郎が、武者修行の体《てい》で腕組みをしながら歩いて来る。そうして述懐のひとり言《ごと》。
 自分は家中の者を二十八人も斬り捨てたために、浪人の身となって武者修行をして歩いている。自分としてはこうして武を磨くことが本望だが、国に残る父上や、兄上、また妹の身の上はどうだろう。近ごろ夢見が悪い、というようなことを言う。
 いや、そう女々《めめ》しい考えを起してはならぬ。あれに立派な道場のようなものが見える。推参してみようと、道場へ近寄って武者窓を覗《のぞ》くと、門弟共が出て来て無礼|咎《とが》めをする。結局、貴殿武者修行とあらば、これへ参って一本つかえという。重太郎、多勢に引きずられるようにして道場に入り込み、それから入代り立代る門弟を、片っ端から打ち据える。堪りかねて道場主高野弥兵衛が出たのを、これも苦もなく打込んでしまう――弥兵衛は無念に堪えないながら、どうしても歯が立たないと見て、止むなく笑顔を作って重太郎を取持ち、一献《いっこん》差上げたいからといって案内する。
 舞台廻ると、宇都宮の遊女屋三浦屋清兵衛の二階。
 そこへ、弥兵衛が重太郎を連れ込んで盛んに待遇《もてな》す――そこで重太郎がパッタリと妹お辻にでっくわす。お辻はこの家に身を沈めて、若村という遊女になっていたのである。
 あまりの意外な邂逅《かいこう》に二人は暫く口が利《き》けない。やがて弥兵衛一味が酔い伏してしまった時分に、重太郎はお辻を呼んで、身の上を聞く。
 聞いてみれば、父の重
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