にいられないという心を起したことは確かですから、米友も出立の用意をする。
 出立の用意といったところで今は真夜中過ぎ、一里の道を善光寺に着いたところで、まだ戸をあけている家はあるまい。第一、つい眼のさきの丹波島《たばじま》の渡し場だって、舟を出すまいではないか。しかし思い立つと留めて留まらぬ道庵ではある。米友もぜひなく莚を巻いて丹波島の渡し場まで来ました。
 さて渡し舟はつなぎ捨てられてあるが、眠っている船頭を起すも気の毒。
 道庵が心得顔に小声で米友をそそのかし、そっとその舟を引き出して乗る。
 犀川の渡し、ここを俗に丹波川という。水勢甚だ急にして、出水のたびに渡し場が変る。水の瀬が早くて棹《さお》も立たない。たぐり縄で舟を渡す。
 背の低い米友、やっとそのたぐり縄に縋《すが》りついたが、それを操《あやつ》ることは妙を得ている。ともかくも舟は中流に乗出す。もし、船頭が眼でも醒まそうものなら、一悶着《ひともんちゃく》を免れないが、幸いにその事もなく舟は向うの岸に着く。
 飛び上った道庵は、月の光で朧気《おぼろげ》に立札の文字を読むと、平水の時は一人前五十文と書いてある――そこで百文の銭を取揃えて、舟板の上に並べて置いて、申しわけをしたつもり。
 ほどなく権堂《ごんどう》の町へ入るには入ったが、どことて今時分、起きている気紛れはない。二三軒、宿屋を叩いてみたけれど、起きて待遇《もてな》そうという家もない。
 後町から大門前《だいもんまえ》まで来る。道庵先生、しきりに胴ぶるいをつづけているが、そこは負惜み、もう二時《ふたとき》もたてば夜が明けるだろう、夜が明けたら最後、善光寺の町をひっくり返してくれよう。それまではまず山門の隅なりと借りて一休み――
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「江戸へ五十七里四町
日光へ六十里半
越後新潟へ四十八里二十七町」
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と大きな道標《みちしるべ》を横に睨まえ、もうこれ、ともかく五十七里も来たかなと呟《つぶや》きながら、善光寺の境内《けいだい》へはいって行く。
 本来、上方《かみがた》を目的とする旅だから、追分から和田峠を越して下諏訪へ出るのが順序なのを、そこがまた道庵の気性で、信濃へ来て善光寺へ参詣をしないのは、仏を作って魂を入れぬものだと意地を張ったばっかりで、こんな寒い思いもする。

         十八

 それでも
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