と見張りの体《てい》に見えます。
鎧櫃の上に手をかけてみた神尾主膳。あの百姓め、どこからこんな洒落《しゃれ》た具足櫃を持って来たという見得《みえ》で、塗りと、前後ろと、金具をちょっと吟味した上で、念のために蓋《ふた》へ力を入れてみたが、錠が堅く下りている。ちょっと押してみると手応えが重い。
果して、お絹のいう通り、これへいっぱいの金銀が詰めてあるとすれば、その量は莫大なものといわなければならぬ。
女の眼には、無垢《むく》も、鍍金《めっき》もわかりはしない。ただ黄金の光さえしていれば、容易《たやす》く眩惑されてしまうのだ――と主膳は冷笑気分になりました。
やがて張番していたお絹もやって来て、言い合わしたように、二人が鎧櫃の前後に手をかけて動かしてみたけれど、ビクとも応えません。
事実、この中へ、いっぱいの金銀が入っているなら――金銀でなく、贋金《にせがね》であっても、これへいっぱい詰められていた日には、一人や二人の手では、ちょっと始末にゆかない。
この暗澹たる座敷の中で、鎧櫃を前に、二人は顔見合わせて笑いました。
笑ったのがきっかけで、主膳は手持無沙汰の態《てい》でこの座敷を出かけると、お絹もついて座敷を出る。神尾は以前の居間へ戻ったが、もう法帖どころではない。
お絹も、そわそわとして落着かない。
気の知れないのは七兵衛で、この七日の間、夜も、昼も、仕出し弁当で鎧櫃《よろいびつ》の傍に頑張っていながら、今日という日になると、朝から出かけて、正午《ひる》時分になっても、夕方になっても、とうとう夜になっても帰って来ない。
それを気にしているのは、むしろ神尾主膳とお絹とで、お絹の如きは幾度、その廊下を行きつ、戻りつして、この座敷を覗《のぞ》いて見るたびに、昼なお暗い室内に人の気配はなく、鎧櫃のみがビクとも動かずに控えている。
それを見るとホッと息をつきながら、また新たに心配のようなものが加わる。
ついにその夜が明けるまで、七兵衛は帰って来ませんでした。七兵衛が帰って来ないでも、鎧櫃の厳然たる形は少しも崩れてはいない。こうなると厳然たる鎧櫃そのものが判じ物のようになって、財宝を残して行った当人よりも、残されて行った他人の方が、心配の負担を背負わされる。
知らず識らず、神尾と、お絹とは、この鎧櫃の番人にされてしまいました。代る代る二人が見廻りに来る。来
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