「旅籠屋《はたごや》へ着いたら、第一にその土地の東西南北の方角をよく聞き定めて、家作りから雪隠《せついん》、裏表の口々を見覚えておくこと……」
「うん」
「もしまた、馬や、駕籠《かご》や、人足の用があらば、宵《よい》のうちに宿屋の亭主にあってよく頼んでおくがよい、相対《あいたい》でやると途中困ることがあるものだ。朝起きては膳の用意をするまでに仕度をして、草鞋をはくばかりにして膳に向うようにしなくちゃならねえ」
「うん」
「朝はせわしいものだから、よく落し物をする故、宵のうちによく取調べて、風呂敷へ包んで取落さぬようにしなくちゃならねえ」
「なるほど」
「旅籠屋は定宿《じょうやど》があれば、それに越したことはないが、初めてのところでは、なるたけ家作りのよい賑やかな宿屋へ泊ることだ、少々高くてもその方が得だ」
「そうかなあ」
「道中で腹が減ったからといって、無暗に物を食ってはいけねえ、また空腹《すきばら》へ酒を飲むのも感心しねえ……酒を飲むなら食後がいいな、暑寒ともにあたためて飲むことだよ、冷《ひや》は感心しねえ」
「おいらは酒は飲まねえ」
と米友がいいました。
「そうか、では道中は、別し
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