、ああ気の毒なと感ずることができました。
この娘は、その風姿の示す通り、しかるべき家のお嬢様として、恥かしからぬ女性ではあるが、何かにとらわれて気が狂っているのだ。そこで、
「どうも有難う……」
駒井は愛嬌を以て答えると、娘はうれしそうに踏みとどまって、
「ほんとうに来て頂戴……待っていますから」
「行きます」
駒井はお世辞のつもりでいいました。
「きっと」
「…………」
深くは相手にならないがよいと駒井が思いました。常識を逸しているものを苟《いやし》くも信ぜしめるのは、それを弄《もてあそ》ぶと同じほどの罪であるように思われたからです。そこで駒井は自分から歩みを進めて、またも登りにかかりました。
登る途《みち》は、くの字なりになっていますから、次の曲りかどへ来ると、どうしても、以前の曲りかどを見ないわけにはゆきません。
以前の娘は、まだそこに立って、駒井の後ろ姿をながめているのと、ピタリと眼が合いました。
「きっと、いらっしゃい」
「行きますから、早くお家へ帰っておいでなさい」
駒井は早くこの娘を家へ帰してやりたいものだと思いました。家ではまたナゼこういう病人を一人で手放
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