て来ました。
その風の中からおりて来たのが妙齢の美人です。
駒井もゾッとしました。高島田に結って、明石《あかし》の着物を着た凄いほどの美人が、牡丹燈籠《ぼたんどうろう》のお露のような、その時分にはまだ牡丹燈籠という芝居はなかったはずですが、そういったような美人が、舞台から抜け出して、不意に山の秋風の中から身を現わしたのだから、駒井ほどのものも、ゾッとするのは無理もありません。
それだけではありません。見ればその娘の胸に抱えられているものがある。
娘が後生大事《ごしょうだいじ》に抱えているそれを、よく見ると羅漢様の首でありましたから、駒井はいよいよ怪しみの思いに堪えることができません。
すれちがって、娘は曲りかどを下へ、駒井は立って見送っていると、一間ばかり行き過ぎた娘があとを振返って、駒井を見てにっこり[#「にっこり」に傍点]と笑いました。
「これからお登りなさるの?」
「ええ」
駒井は物怪《もののけ》から物を尋ねられたように感じながら頷《うなず》いて見せると、
「お帰りに、わたくしのところへ泊っていらっしゃいな」
これには急に挨拶ができませんでした。しかし、そこで駒井は
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