と駒井が軽く相槌《あいづち》を打ちました。白雲は慨然として、
「そこへいくと……浮世絵師とはいいながら、葛飾北斎《かつしかほくさい》はエライところがありましたよ。あの男は相当に名を成した時分にも、書画会へ出るには出ましたがね、雨の降る時などは蓑笠《みのかさ》で、ハイ葛飾の百姓がまいりましたよ、といって末席でコクメイ[#「コクメイ」に傍点]に描いていたものです。年はたしか九十で死にましたかな。死ぬ前も、天われにもう十年の歳をかせば本物が描ける、どうしてもいけなければ、もう五年、といって死んだというのは本当でしょう。おれには猫一匹も描けない、描けないと、絶えず妹に訴えていたというのも、嘘ではあるまい……」
 それから白雲は、当代の画家にはこの己《おの》れを責むる心がなく、社会に真の画家を養成する大量のないことを説き、天然の名勝や、善良な美風が破壊される時に、腹を立てる美術家はないが、舶来の裸物《はだかもの》に指でもさすと、ムキになって怒り出す滑稽を笑い、我が国の古来の大美術はもちろん――近代になって、東州斎写楽《とうしゅうさいしゃらく》の如きでも、その特色を外国人から教えられなければわ
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