者は絵師ですよ、足利《あしかが》の田山白雲といって、田舎《いなか》廻りの絵描きですよ」
駒井甚三郎も、この返答には、いささか面喰《めんくら》いました。
誰もが天下無敵の勇者であるように思い、またそう思われても、さしつかえないほどの体格と力量を持ち、今やこの船中では、偶像的にまで渇仰《かつごう》されようとしているその御本人が、「おれは絵師だ……しかも田舎まわりの絵描きだ」と淡泊にぶちまけてしまった気取らない純一さを、駒井は微笑せずにはいられませんでした。さいぜんの蛮勇は真似《まね》ができても、この淡泊は真似ができないと感じました。
そこで、駒井甚三郎と田山白雲との、うちとけた談話がはじまります。
田山白雲は、今の画界の現状と、その弊風とを語りました。
「あの書画会というやつ、あれがいけないんです……柳橋の万八で、たいてい春秋二季にやりますな、あれが先輩を傲《おご》らしめ、後進を毒するのです。それとても、書画会が悪いのではない、書画会をそういう機関にした組織そのものが誤ってるんでしょうな。あなたも、万八の書画会へはおいでになったことがありましょう」
「ありません」
「それは話せない
前へ
次へ
全322ページ中46ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング