ましたけれど、駒井にとっては不足どころではありません。
こうして一時無頼漢どもに占領されていた船の甲板は、再び良民の天下となって、乗合船そのものの平和な光景が回復されました。
駒井能登守は思いました。これはこれ一場の喜劇のようなものだが、一代の風潮もこの通りで、進んで身を挺するの勇者さえ現わるれば、悪風を退治するのはむしろ容易《たやす》いことで、悪は本来退治せられるがために存在するものであるのに、怯懦《きょうだ》な人間が、それにこわもて[#「こわもて」に傍点]をして触ろうとしないから、彼等が跋扈《ばっこ》するのだ……本当の勇者が一人出づれば一国がおこる、というようなところまで考えさせられました。
ただ、ここに現われた勇者は、体格の屈強なるに似ず、勇気の凜々《りんりん》たるに似ず、ドコかに多少の愛嬌と和気がある。駒井甚三郎はともかくもお礼の心を述べておこうと、彼に近づいて、慇懃《いんぎん》に、
「どうも御苦労さまでした……失礼ながら、あなたは何とおっしゃいますか、そうして何の目的で対岸《あちら》へお渡りになるのですか」
駒井から慇懃に尋ねられた六尺豊かの壮漢は、
「は、は、は、拙
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