かりませんや」
 いざやと壺振りが、勢い込んで身構えをする。
 二三番するうちに、新入者がまた二三枚加わる。加わった当座は多少の目が出ると、有頂天《うちょうてん》になり、やがてそのつぎは元も子もなくして、着物までも脱ぎにかかる。取られれば取られるほど、眼が上《うわ》ずってしまう有様が見ていられない。
 こうなってみると駒井甚三郎も、相手を憚《はばか》ってはいられない。そこで思いきって、一座の方へ進み出でました。
「これこれ、お前たち、いいかげんにしたらいいだろう」
「何が何だと……」
 諸肌脱《もろはだぬ》ぎで壺振りをやっていたのが、まずムキになって駒井に食ってかかりました。
「そういうことをしてはいけない、乗合いのものが迷惑する」
と駒井が厳然としていいました。
 しかし、この遊民どもは、駒井が前《さき》の甲府勤番支配であって、ともかくも一国一城を預かって、牧民の職をつとめた経歴のある英才と知る由もない。このことばには荘重《そうちょう》なものがあって、厳として警告する態度はあなどり難いものがあったとはいえ、今、異様の風采《ふうさい》をして、ことには女にも見まほしいところの青年の美男子
前へ 次へ
全322ページ中41ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング