かりませんや」
いざやと壺振りが、勢い込んで身構えをする。
二三番するうちに、新入者がまた二三枚加わる。加わった当座は多少の目が出ると、有頂天《うちょうてん》になり、やがてそのつぎは元も子もなくして、着物までも脱ぎにかかる。取られれば取られるほど、眼が上《うわ》ずってしまう有様が見ていられない。
こうなってみると駒井甚三郎も、相手を憚《はばか》ってはいられない。そこで思いきって、一座の方へ進み出でました。
「これこれ、お前たち、いいかげんにしたらいいだろう」
「何が何だと……」
諸肌脱《もろはだぬ》ぎで壺振りをやっていたのが、まずムキになって駒井に食ってかかりました。
「そういうことをしてはいけない、乗合いのものが迷惑する」
と駒井が厳然としていいました。
しかし、この遊民どもは、駒井が前《さき》の甲府勤番支配であって、ともかくも一国一城を預かって、牧民の職をつとめた経歴のある英才と知る由もない。このことばには荘重《そうちょう》なものがあって、厳として警告する態度はあなどり難いものがあったとはいえ、今、異様の風采《ふうさい》をして、ことには女にも見まほしいところの青年の美男子
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