駒井甚三郎も、これには弱りました。
 この連中も最初のうちは、やや控え目にしていたのが、ようやく調子づいて来ると、四方《あたり》に遠慮がない。諸肌脱《もろはだぬぎ》になった壺振役《つぼふりやく》が、手ぐすね引いていると、声目《こえめ》を見る中盆《なかぼん》の目が据わる。ぐるわの連中が固唾《かたず》を呑んで、鳴りを静めてみたり、またけたた[#「けたた」に傍点]ましくはしゃ[#「はしゃ」に傍点]ぎ出したりする。
 こうなっては隠れていることも、書物を読むこともめちゃめちゃです。駒井は一方ならぬ迷惑で、避難の場所を求めようとしたが、やはりかぎりある船中に、人と荷物でなかなかそのところがない。ひとり駒井が迷惑しているのみならず、乗合いの善良な客はみな迷惑しているのです。しかし、善良な客が進んで船内の平和を主張するには、どうも相手が悪過ぎる――船頭でさえ文句が附けられないのだから、暫く、無理を通して道理をひっこめておくより思案がないらしい。
 駒井甚三郎とても、相手をきらわないというかぎりはない。見て見ないふり[#「ふり」に傍点]のできるかぎりは、立ち入りたくない。しかし、この船中で見渡したとこ
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