三郎の耳には、乗合船特有の世間話が、連続して流れ込んで来るのを防ぐことはできない。ある時は耳を傾けて、これに興を催してみたり、ある時は書物に念を入れて、それを聞き流したりしているうちに、こまったことには、例の遊民の連中がいつか気を揃えて、いたずら[#「いたずら」に傍点]を始めてしまったことです。
「半方《はんかた》が二十両あまる、ないか、ないか」
と中盆《なかぼん》が叫び出すと、
「おい、音公、お前に五本行ったぞ」
貸元が念を押す。
「合点《がってん》だ」
向う鉢巻が返答する。
「六三に四六を負けるぞ、負けるぞ」
と中盆が甲高声《かんだかごえ》で呼び立てると、
「はぐり[#「はぐり」に傍点]をうっちゃれよ、打棄《うっちゃ》れよ」
と片肌脱《かたはだぬぎ》がせき立てる。
「一番さい[#「さい」に傍点]てくれ、さい[#「さい」に傍点]てくれ」
鳴海《なるみ》の襦袢《じゅばん》が居催促をする。
「金公、それ三本……ええ、こっちの旦那、お前さんは十本でしたね」
貸元は盛んにコマ[#「コマ」に傍点]を売る。
「いいかげんに、やすめ[#「やすめ」に傍点]を売れやい」
「勝負、勝負……」
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