べく、木更津船《きさらづぶね》に乗込みました。
その昔お角が、清澄の茂太郎を買込みに行く時に乗込んで、大難に遭《あ》ったのとおなじ航路で、おなじ性質の乗合船。
なるべく人目に立たないように、駒井は帆柱のうしろ、荷物の隅に隠れていました。
乗合の客は、例のとおなじように、士分階級をのぞいた農工商のものと、今日は、それ以外の遊民が少なからず乗合わせている。
遊民というのは、玄冶店《げんやだな》の芝居に出てくるような種類の人。赤間の源左衛門もいれば、切られない[#「ない」に傍点]の与三《よさ》もいる。お富を一段上へ行ったようなお角がいないのが物足りない。
しかし、きょうは、天気も申し分なく、近き将来の時間において、思い設けぬ天候の異変もこれあるまじく、たとえ、お角が乗合わせていたからとて、人身御供《ひとみごくう》に上げられる心配もまずありそうなことはなく――そうそうあられてはたまらない――それで江戸湾内を立ち出でる木更津船の形は、広重《ひろしげ》に描かせて版画にしておきたいほど、のどかなものです。
隠れているといっても、なにしろ限りある木更津船の甲板の上で、書物を開いている駒井甚
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