進めてしまいました。
兵馬は計らずして、敵《かたき》の行方《ゆくえ》に一縷《いちる》の光明を認めたと共に、思い設けぬ富有の身となりました。附託されたかなりの大金は、いやでも自分が保管するのが義務のようになっている。この奇怪にしてしかも鷹揚《おうよう》なお嬢様は、今後必要に応じて、いくらでも兵馬のために、支出することを辞せない様子を見せている。
あてどもない山奥に、半ば自暴《やけ》の身を埋めに行こうと決心した兵馬は、ここにゆくり[#「ゆくり」に傍点]なく、幸運の神に見舞われたようなもので、暫く茫然《ぼうぜん》と夢みる心地でいましたが、若いだけに早くも心に勇みが出て、踏みしめる足許もなんとなく浮き立つように感じ、ほとんどこの何年来にもなかったよろこび[#「よろこび」に傍点]に、心が跳《おど》るのであります。
そうかといって、この世に代価を払わない幸運というものは一つもない。兵馬にこの幸運を与えた祝福の神は、人の子を取って食う鬼子母《きしも》の神であってみれば、早晩何かの代価を要求せられずしては済むまいと想われる。
六
駒井甚三郎は、房州の洲崎《すのさき》に帰る
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