地なし」
後家さんから四たび突き飛ばされて、二間ばかり泳いで踏みとどまった浅吉は、
「それは御無理ですよ」
やはり恨めしそうに振返ったけれど、あえて反抗しようでもなければ、申しわけをしようでもありません。小突かれれば小突かれるように、むしろこうして虐待されたり、凌辱されたりすることを本望としているかの如く、極めて柔順なものです。
そうして、突き飛ばされて、突き飛ばされて、二人の姿は小梨平から見えなくなりました。
そのやや暫くあとで、机竜之助は、林の蔭から、こっそりと身を現わして、鐙小屋《あぶみごや》に近いところの岩間から湧き出でる清水を布に受けて、頭巾《ずきん》を冠《かぶ》ったなりで、うつむいては頻《しき》りに眼を冷し冷ししていると、小屋の中から手桶をさげて出て来た神主が、
「これは、これは――」
といって、竜之助の仕事を立って見ていましたが、
「それは利《き》きますよ、水でなけりゃいけません、湯では本当の修行になりませんな……白骨の温泉の雌滝《めだき》に打たれるより、この水で冷した方が、そりゃ利き目がありますよ」
「どうも、しみ透るほど冷たい水だ」
と竜之助が眼を冷しながら答
前へ
次へ
全322ページ中297ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング