と》、腹、頂《いただき》などには、太古以来といっていいほどの小屋掛けが、思いがけないところに散在する。それがある時は殺生小屋《せっしょうごや》であり、ある時は坊主小屋であり、あるいは神仏混淆《しんぶつこんこう》に似たる室堂《むろどう》であったりする。
 由来、坊主小屋は樹下に眠り、石上を枕とする捨身無一物の出家が、山岳を行く時にかりの宿り[#「宿り」に傍点]と定めた名残《なごり》で、殺生小屋は山をめぐって、生きとし生けるものを殺しつくす生業《なりわい》の猟師が、糧《かて》を置くところと定めていたものだという。持戒者と殺生者とが隣合わせに住むのは、あながち塵の浮世の巷《ちまた》のみではない、高山の上にも、人間が足あとをつける限り、このアイロニーが絶えなかったものと見える。
 ここ、小梨平、無名《ななし》の沼のほとりに立てられた鐙小屋は、いつの世、誰によって、何の目的のために立てられたかわからないが、今でも人が住んでいる。
 けれども、この鐙小屋までは、まだこの沼づたいに相当の距離がある。無名《ななし》の沼の岸を机竜之助は金剛杖をついてではない、それを提げて――静かに歩んで行くと、不意に空
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