ために、鋭敏な附加能力といったようなものが現われるのですから始末が悪い。
「あぶねえ」
 驚いた七兵衛は、身をかわして飛び退きましたが、神尾の槍先は、透かさずそれを追いかけて来る。ために七兵衛は、御行《おぎょう》の松を楯に三たびばかりめぐりましたが、無二無三に突きかけて来る神尾の槍先、とてもあなどり難く、ほとんど進退に窮するほどの立場まで突きつめられたので、
「ちぇっ」
といって身を躍らすと、松の幹へ足をかけて、早くも三間ばかり走りのぼってしまいました。突きはぐった神尾主膳、天井裏の鼠をねらうように、槍を空《くう》につき立ててみたけれど、もう駄目です。そこで、あせって、しきりに空をのぞんで突き立てたが、手ごたえがないので、いよいよじれ出しました。
 木の上でホッと息をついた裏宿の七兵衛、
「神尾の殿様……私はあなた様に追われようと思って上ったんじゃありません、あなた様のおためになって上げようと思って上りました、それを、いきなり槍玉にかけようとなさるのは驚きました」
「憎い奴」
「神尾の殿様、落ちついてお聞き下さいまし」
「憎い奴」
「私は、あなた様にお目にかかった上で、ご相談を願いまし
前へ 次へ
全322ページ中224ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング