ことに金の有難味を知っている神尾主膳――金を儲《もう》けることの有難味ではない。使う方の有難味を知っている神尾主膳にとっては、金の光と一緒でなければ、どこへも行ってみようという気にならない。
眼と鼻の先に吉原があろうとも、好きな書画|骨董《こっとう》の売立ての引札を見ようとも、かわり狂言の番付がくばられようとも、しょげるばかりで浮き立たない。
お絹にあっては、それがいっそう輪をかけた渇望で、この女の持っているすべての虚栄心と不満足は、みな金というところへ落ちて行く。その金が廻らない。廻るべきはずもない。果してこんなところへ思うように廻って来れば、この世に苦労はない。そこで、どうしても廻らないものを、無理に廻そうとする。
あの当座こそ、二人は外へも出ないで、浮《うわ》ずって暮らしていたが、このごろ、お絹は、小女《こおんな》をつれてちょいちょいと出歩く。どうかすると、朝出て夜おそく帰って来ることさえある。
それは廻らないものを、無理に廻そうとする算段だと知っているから、神尾もとがめ立てをするわけにはゆかない。けれども、その出て行ったあとでは、神尾もいい心持はしない。ことに夜おそ
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