して上げてみてごらんなさい」
 三十名の子供が、残らず両手を差し上げると、
「あ、先生、おたあ[#「おたあ」に傍点]はつばき[#「つばき」に傍点]で、手にくっつけた墨をふいています」
「うそだい」
 ともかくもこれで習字の時間が終って一礼すると、子供らは、切りほどかれたように、与八と、お松の周囲に寄ってたかってかじりつく。
 与八も、お松も、それを叱ろうとはしません。
 沢井道場の今日このごろの有様は、こんなあんばいです。

 今日はお松が、ムク犬をつれて、万年橋を渡ります。
 これはかねて、心がけていた、対岸和田の村に、宇津木文之丞のお墓参りをしようと思っていたのを果すつもりと見える。実は、このお墓参りには、与八も、郁太郎も、乳母《うば》も、登もうちつれて、一緒に出かけようとも思ったのですが、それはどうも憚《はばか》るところが多いと思い返して、お松はムク犬だけをつれて出かけたのです。
 天気がよいのに、秋がすでに闌《たけな》わという時ですから、多摩川をさしはさんだ両岸の山々谷々が錦のようになっています。
 大菩薩へ通ずるこの街道。お松には思い出の多いところ。
 万年橋の上ではたちどま
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