やったね、一二をあらそいぬけがけの……それ鉄扇をこう構えて、平山熊谷討取れと……」
 興に乗じた道庵先生は、故名優の型をやり出して、あたり近所の煙草盆や煙管《きせる》を無性《むしょう》に掻《か》き集めたり、突き飛ばしたりするものですから、近所迷惑は一方《ひとかた》ではありません。若い劇作家連は面白半分、迷惑半分に聞いてはいるものの、、いっこう面白くないのは宇治山田の米友であります。
 芝居そのものに予備知識のない米友には、こんな物語がばかばかしく、聞いていられるものではありません。
 ぜひなく米友は、盛んに団子を食べました。
 話より団子という洒落《しゃれ》でもありますまいが、団子を食べてまぎらかしていたが、ついにこらえきれず、
「先生、いいかげんにしたらどうだ」
「そうだそうだ、日が暮れらあ」
 大慌《おおあわ》てで団子と茶代を置いて、道庵が外へ飛び出したものですから、皆々ホッとしました。
 団子屋を飛び出してから間もなく、道庵先生が、
「あ、敦盛《あつもり》を手にかけるのを忘れた」
 これはこの土地に、梅本という蕎麦《そば》の名物があったのを、つい忘れて立寄らなかった洒落でしょう。
前へ 次へ
全322ページ中186ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング