蕨《わらび》の奈良茶、上尾博労新田《あげおばくろうしんでん》の酒屋、浦和|焼米坂《やきごめざか》の焼米、といったような名物に挨拶しながら、熊谷で、梅本の蕎麦を食べないということが心残りになるらしい。負けおしみの強い道庵は、これからまた引返して、その蕎麦屋を尋ねようといい出すかも知れない。
ところへ、上手《かみて》から聞えて来たのが、
「下に――下に――かぶり物を取りましょうぞ」
これはいわずと知れた大名のお通りの先触れです。
どうも大名のお通りというやつは、道庵と米友の性《しょう》に合わない。
その声を聞きつけた道庵は、顔をくもらせて、
「さあ、いけねえ、友様、面倒だから、そこらへ入《へえ》ってしまおう」
道庵は、蕎麦のことなんぞは打忘れて、米友を促すと共に、丸くなって脇道へ走り込んでしまいました。
米友とても、大名の行列があんまり好きではない。
けれども、先生のように丸くなって逃げる必要はないと思う。大名に借金があるわけではなし、こんなに丸くなって逃げなくてもいいと思うが、道庵がやみくもに逃げ出したものですから、米友もまた、そのあとを追わないわけにはゆきません。
やみ
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