「そうかなあ」で済ましてしまいました。
 これには道庵も張合いがなく、さっさと歩き出して、テレ隠しに、一谷嫩軍記《いちのたにふたばぐんき》の浄瑠璃《じょうるり》を唸《うな》り出しました、
「夫の帰りの遅さよと、待つ間ほどなく熊谷《くまがい》の次郎|直実《なおざね》……」
 変な身ぶりまでして歩くほどに、やがて蓮生山熊谷寺《れんしょうざんゆうこくじ》の門前に着きました。
 道庵と米友は蓮生山熊谷寺に参詣して、熊谷次郎直実の木像だの、寺の宝物だのを見せてもらい、門前の茶店へ休んで、名物の熊谷団子を食べておりますと、そこへ若いのが四五人入り込んで来て、同じように熊谷団子を食べながら、威勢のいい話を始めました。
 それを道庵先生が聞くともなしに聞いていると、いずれも熊谷次郎に関する話で、なんでもこの若い人たちは演劇の作者連で、旧来の一谷嫩軍記《いちのたにふたばぐんき》では満足ができないから、直実に新解釈を下したものを書こうとして、わざわざここまで調べに来たものらしいのです。そこで道庵先生もその心がけに感心し、なお頻《しき》りに団子を食べながら若いものの話を聞いているうち、先生が早くも釣り込まれ
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