るばかりです。
「う――ん」
といって、先生がおかしがるほどの理由を、その幟の中から見つけ出すことに、米友が苦しんでいると、
「アハハハハハハハ」
と道庵がわざとらしく、また大声で笑い、
「米友様、よくあの幟《のぼり》の文字をごらん、市川|海老蔵《えびぞう》――と誰が眼にも、ちょっとはそう読めるだろう。ちょっと見れば市川海老蔵だが、よくよく見ると、海老の老《び》という字が土《ど》になっていらあ。だから改めて読み直すと市川|海土蔵《えどぞう》だ、海土《えど》の土の字の下へ点を打ったりなんかしてごまかしていやがら。変だと思ったよ」
「そうかなあ」
 道庵にいわれて米友が、改めてその文字を読み直してみると、なるほど、海土蔵と書いて、海老蔵と読ませるようにごまかしてある。しかし、米友はごまかしてあったところで、ごまかしてなかったところで、道庵先生ほどにそれをおかしいとも悲しいとも思いません。
 というのはこの男は、まだ生れてから芝居というものを見たことのない男ですから、海老蔵が海土蔵であろうと、海土蔵が江戸ッ児であろうとも、大阪生れであろうとも、いっこう自分の頭には当り障りのないことですから、
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