かえしました。
お銀様は立って、その蒲団を程よいところへしきのべた時分には、弁信法師のことはわすれていました。弁信もまた、それきりで、どこにいたのだか、どこへ行ったのだか、最初からわからないままです。
まもなく一つの箱枕を持って来た清澄の茂太郎は、燃ゆるばかりの緋絹《ひぎぬ》の広袖の着物を着ていました。
そこでお銀様が、
「たいそう綺麗《きれい》な着物を着ていますね」
「ええ、もとは坊さんの法衣《ころも》だったのです、それをお雪ちゃんが、あたいに拵《こしら》え直してくれました」
「そうですか」
茂太郎は今、下着には、あたりまえの袷《あわせ》を着て、その上へいっぱいに緋絹の広袖を着ているのですから、その異形《いぎょう》のよそおいが、たしかに人の目を引きます。けれども、その緋絹が無用になった坊さんの法衣《ころも》を利用したものと思えば、出所が知れているだけに、不思議でもなんでもありません。
「お雪ちゃんというのは、あなたの姉さんですか」
お銀様は、この子供の言葉尻を利用することを忘れませんでした。
「いいえ、お雪ちゃんは、ここのお寺の娘さん分ですよ」
「そうですか。そのお雪ちゃん
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