針も弁信法師の胸には立たず、
「すべての女の人は、男を畏《おそ》れますけれども、あなたは男を畏れるということを知りませぬ、通例の場合では、女一人を男の前へ出すことは危険でございますが、あなたに限っては、女の前へ男を出すことがあぶないのでございます」
弁信法師一流のいい廻しで、前提を置き、言葉をついで、その註釈を述べようとする時、
「今晩は……」
とその間へハサまったのは、それは弁信の声ではありません。お銀様の挨拶でもありません。清澄の茂太郎が、自分の身体が押しつぶされるほどの夜具《やぐ》蒲団《ふとん》を荷《にな》って、お銀様のいるところへやって来たのです。
「御苦労さま」
とお銀様が言いました。
「ああ、重たかった」
夜具蒲団を頭から投げおろした茂太郎が、ホッと息をつく有様を、お銀様がつくづくとながめて、
「随分重かったでしょう、よく、これだけ持てましたね」
「随分重かったよ……どちらへお休みになりますか」
といって、茂太郎は座敷の部分を、キョロキョロみまわしますと、
「ええ、ようござんす、そうして置いて下さい」
「そうですか、それじゃ枕を持って来て上げましょう」
茂太郎は取って
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