、それから老人と話し込んでいるうちに、老人の語るところのものには、なかなか聞くべきものがありました。
竹刀《しない》の稽古と真剣とは全く別物であること。剣術の巧者《こうしゃ》は必ずしも真剣の勇者ではないこと。誰もいいそうなことだが、この老人は相応に実験を積んで来たと見えて、耳新しく聞えました。そのうち、初心の人が、真剣の立合をやむなくせられた場合、すなわち、どうしても刀を抜いて立合わねばならぬ場合には、眼をつぶって立合うに限る――ということから、いったい、人間の眼というものは見るべからざるものを見る時は、害あって益がないものだということ。
それと同じで、有能者が無能者に負けることの逆理を説き出したのが、なるほどと聞きなされました。
「また、おいでなさい。無眼流の極意は、この見える目をいったんつぶしてしまわなければわかりません」
と老人が最後にいった言葉を意味深く聞いて暇《いとま》を告げ、若干の金を紙に包んで奉納し、なお老人のかいていた絵馬を一枚無心して、それをかついで帰路につきました。
兵馬はその絵馬をかついで、舞鶴城《ぶかくじょう》の濠《ほり》の近辺を通ると、どうしたものか、一
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