尾主膳もいない。南条力も、五十嵐甲子雄も昔のこと。お君も、米友も、ムク[#「ムク」に傍点]犬も、暫くはここの天地に生を寄せていたことがあり、女軽業《おんなかるわざ》のお角の一行も、ここで笛、太鼓を鳴らしたことがありました。
 しかし、それはみな夢のように流れ去って、残るところの山河と、町並だけは相も変らず。兵馬の眼で人間がその昔の時よりも暢気《のんき》に見えるのは、自分にさしさわりない他人ばかり残っているというせいでもあるまい。たしかに甲府の市民にとっても、その昔のような辻斬の脅威がなくなってしまったことだけでも、生命《いのち》のゆとりがのびているのかも知れないと思われるほどです。
 柳町の一蓮寺。その昔、お角の一行が女軽業を打ったところへ来て見ると、そこは相変らず賑やかで、甲府人の行楽のところ。
 以前、お角一行の軽業のあったところには、けばけばしい芝居の興行がかかっているらしい。兵馬はその方へ進んで見ると、何かは知らないが人だかりのする絵看板。
 近づいて見ると、思いきって大きな看板に、黒頭巾《くろずきん》をかぶった黒いでたち[#「いでたち」に傍点]の侍の絵姿。
 兵馬は、それを見
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