しょう、私を前に置いて……」
「だからいってるじゃないか、何を私がお前に遠慮しなけりゃならないの……よく考えてごらん、身分を考えてごらん、わたしは主人、お前は雇人じゃないか」
「…………」
「口幅ったいことをおいいでないよ」
 柔順な若い男は、肥《こ》え太《ふと》った浮気婆さんのために、頭から押しつぶされています。
 聞くとはなし、それを聞いたお雪は、なんというかわいそうな人だろう、またこのおばさんも、なかなかのしたたか者だと思わないわけにはゆきません。
 その日の午後、お雪は花を集めて部屋を飾ろうと思って、近いところの尾根から林の中へ入りました。
 無心で花をたずねて、林の中へ進んで行くと、ふと行手でガサリ[#「ガサリ」に傍点]と音がしましたので、ハッと驚きました。もしや、あんまり深入りして、熊にでもでっくわしたのではないか。
 とおそれて、その音のした林の奥を見ますと、幸いに熊ではありません。たしかに人間の姿であります。先方では気がつかないが、こちらではよくわかります。林の中を、あちら向きになって、うろうろたどって行くのは、まぎれもない、男妾の浅吉の姿でしたから、お雪は、不安な思い
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