ですから、お雪が足をとどめたのも無理はありません。
「実川延若《じつかわえんじゃく》の石川五右衛門、ようござんしたねえ」
と、詠嘆的にいったのは、例の後家さんの声でありました。
 帰って来ないはず。ここで話し込んでいたのだもの――
 それにしても、座興半ばで席を外して、人の座敷へ来て、ゆるゆると話し込んで、しかも役者の噂《うわさ》、おばさんも暢気《のんき》過ぎると、お雪も少し呆《あき》れていると、
「そうすると、隣りの桟敷《さじき》にいた若い人のいうことがいいじゃありませんか、あれでは五右衛門がいい男過ぎる、五右衛門という奴は悪人だから、あんないい男にこしらえてはいけない……ですとさ。悪人をいい男にこしらえては、なぜいけないんでしょう。ですから、わたしがいってやりました、悪人はみんないい男ですよ、いい男だから悪人にされてしまうんですって。醜男《ぶおとこ》だけが誰もかまい手がないから、それでやむを得ず善人でいられるんですって。ですから大抵の女は、善人よりも悪人に惚れますよ、といってやりました」
 後家さんは、水っぽい調子で得意になって、こんなことを言っていましたから、お雪がいっそう呆れて
前へ 次へ
全322ページ中116ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング